未知の生物を学ぶということ【後編】

今週のトピック

この記事は後編です。
先に前編をご覧いただけるとより楽しめると思います。

最強の嘘つき

どうも、フログです。
前編では「これからの情報社会、ネットの情報を無条件で信じるのはよくないぜ!」って話をしました。
具体例として私が考えたオリジナル生物の解説をしたワケですが、素人の私が作ったデマですから、生物の専門家やデマの専門家(?)ならすぐ見破れたでしょう。

では、そのデマをプロが作ったらどうなるでしょうか?専門家が限りなく本当っぽく作った内容なら、誰でも騙されるんじゃないでしょうか?
でも専門家が嘘なんか書くわけ…

いるんですよやった奴が。

彼の名前はゲロルフ・シュタイナー(Gerolf Steiner)。ドイツの動物学者であり、ハラルト・シュテュンプケ(Harald Stümpke)という偽名で架空生物の調査報告を書いた専門家です。

鼻行類

彼は「Bau und Leben der Rhinogradentia」(鼻行類の構造と生活)という本の中で、ハイアイアイ群島という架空の島に暮らす架空の哺乳類たちの学術論文を書いたのです。

その中には、寄生する哺乳類や花に擬態する哺乳類、触手をもつ哺乳類など変なものがたくさん書かれていました。そして鼻行類もその1つです。

説明すると、鼻行類は鼻で歩く哺乳類です。

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なに言ってるかわからないと思うので、まぁまずはこれを見てください。


画像 UMA: たまむず本『鼻行類』

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見てもわかりませんね。なんだコレ。

ネズミのような哺乳類が、先が4つに分かれて発達した鼻で四足(鼻?)歩行しています。
しっぽを使って器用に植物の実を食べています。足で歩かなくなったからか、足は若干退化してますね。でも餌を持つことはできるようです。

これが鼻行類です。本の中では、彼らの生態がいかにも本物っぽく書かれています。系統樹だってかかれていますし、ハイアイアイ群島の現地人の文化まで記されており、あたかも本当に存在する島のようです。


画像 UMA: たまむず本『鼻行類』

ご丁寧に骨格までスケッチしてますからね。

彼がいかに本気で学術論文を模倣しようていたかがわかるでしょう。

プロだって騙される

シュタイナーは満を持してこの『鼻行類』を出版したわけですが、これは生物業界に激震を走らせました。
多くの学者が「こんな固有種のいる島々があるのか!とても面白い進化だ!!」と自然の奥深さに感銘を受けたからです。

この書き方でお分かりでしょうか。

鼻行類の存在を信じた学者が
数多くいたのです。

それは、プロの生物学者たちから見ても内容が学術論文として申し分ない完成度を誇っていたからでした。

そして、鼻行類を本物っぽく見せている要素がほかに2つありました。

1つ目は、作者の設定。
この論文の執筆者はハラルト・シュテュンプケという架空の人物ですが、彼はハイアイアイ群島の調査から帰って以来行方不明で死亡したと思われており、友人であるシュタイナーが彼の遺稿を整理・出版したという設定になっています。

2つ目は、ハイアイアイ群島の設定。
ハイアイアイ群島は発見から間もなく核実験による地殻変動で海に沈んでしまったという設定になっているのです。

つまり、鼻行類はもう実在しない絶滅動物で唯一の研究者も行方不明という設定により、誰も検証ができない状況を作り上げたのです。

本来、学術論文が出たら他の研究者たちはその内容を検証して正しいか確かめます。
例えば、新種の生物に関する発表であれば執筆者に標本を見せてもらって既存の生物と比べたりします。

でもそれができないから、ある種SFのようなUMAのような、そんな存在として鼻行類たちは受け入れられていったのです。

しかし、もちろん鼻行類を疑った人たちもいます。彼らによって嘘だと見抜かれるのにそんな時間はかかりませんでした。
学術論文ですから当然最後に参考文献が付いているのですが、そこに載っている本が何一つとして実在しないのです。
それが判明したことを皮切りに、鼻行類はとてもよく作られた学術論文のパロディという判断に落ち着きました。

さいごに~空想科学の祖~

今回は、学者たちをも騙してみせたパロディ論文『鼻行類』を紹介しました。
これの紹介がしたくて前編をクソデカ前降りとして作ってたまであるので、ここまで書けてよかったです。

最後に少しだけお話したいのは、『鼻行類』は学者たちを混乱させたお騒がせ論文というだけでないということです。

今でこそ論文の査読というのは一般的ですが、『鼻行類』は査読文化を形作る礎の1つなのです。
「プロが書いた論文でも間違っているかもしれない、意図的に改竄されているかもしれない。だから他者によるチェックが必要だ」
という認識を世に広めた作品の1つなわけです。

そしてもう1つ、『鼻行類』が学問にもたらしたものがあります。存在しない生物を考えるという発想です。
「こんな生物は実在すると思うか?」
「こんな進化は起こりうるか?」
そんな視点で掘り下げる、いわば空想科学の祖なのです。

この手法は「ポケモンが実際にいたら」みたいなサブカルチャー的な面でも使われますが、古生物学などの分野で「この環境ならこんな生物がいたのでは?」という推測を立てたりするのにも使われています。

斬新さと気付きに満ちたヘンテコ書物、『鼻行類』。日本語訳も各出版社からたくさん出ているので、気になった人はぜひ読んでみてください。

それでは、今回はこの辺で。
またお会いしましょう。

今回は、『鼻行類』の「プロが書いた嘘」という側面の紹介だったので鼻行類の生態などには触れなかったのですが、そちらにも興味のある人は以下の動画がわかりやすいと思うのでぜひ見てみてください。
【ゆっくり解説】「鼻行類」鼻で歩く伝説の生き物!?|へんないきものチャンネル

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